大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(ラ)619号 決定 1977年12月21日

抗告人 松本勝弥

抗告人 松本堯美

右両名代理人弁護士 斎藤一好

同 徳満春彦

同 杉山悦子

相手方 清水昭

右代理人弁護士 本間崇

同 吉沢敬夫

主文

原決定を取り消す。

相手方を債権者とし、申立外株式会社タカミを債務者、抗告人らを所有者とする東京地方裁判所昭和五二年(ケ)第五八〇号不動産任意競売事件について同裁判所が昭和五二年六月二五日になした競売手続開始決定を取り消し、相手方の競売申立を却下する。

異議申立費用ならびに抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人ら代理人の本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方を債権者とし、申立外株式会社タカミを債務者、抗告人らを所有者とする東京地方裁判所昭和五二年(ケ)第五八〇号不動産任意競売事件の競売申立を却下する。」との裁判を求める、というのであり、抗告の理由は別紙(一)のとおりである。

相手方は、本件抗告却下の裁判を求め、抗告人らの主張に対し、別紙(二)(三)のとおり主張した。

一、本件記録によれば、次の各事実を認めることができる。すなわち

1.抗告人両名は、昭和四七年三月一八日、申立外株式会社タカミ(旧商号白鳳典礼株式会社)の申立外八千代信用金庫に対する金一、一〇〇万円の借受金債務について連帯保証し、その債務の担保として、同日、両名共有にかかる別紙目録記載の不動産(以下単に本件不動産という。)にそれぞれ抵当権を設定するとともに代物弁済の予約をして、そのころ右抵当権設定登記ならびに代物弁済に因る所有権移転請求権仮登記を各経由した。

2.その後、抗告人両名は、申立外本間誠との間の金銭消費貸借契約に基づき、昭和四九年九月八日金六〇〇万円、同年一一月八日金二〇〇万円を、それぞれ同人から借り受け、その担保として、本件不動産に各抵当権を設定し、かつ代物弁済の予約をして、そのころ抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記をそれぞれ経由した。

3.抗告人両名は、昭和五〇年四月三日、相手方から金二〇〇万円を借り受け、同日右借受金債務の担保として、本件不動産に売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由したが、同年五月一二日渋谷簡易裁判所において、右債務の弁済に関し相手方との間で

(1)抗告人両名は、本件不動産を代金二〇〇万円で相手方に売渡すことを予約し、右代金は昭和五〇年四月三日相手方が抗告人らに貸付けた金員をもってこれに充当する

(2)相手方は、抗告人両名が八千代信用金庫および本間誠に対して負担する合計金一、九〇〇万円の前記各抵当債務の元利金、損害金等一切の債務を重畳的に引受ける

(3)抗告人両名は相手方に対し、昭和五〇年一二月末日までに前記金二〇〇万円を返還して本件不動産の売買予約を解除することができ、この場合には、相手方との間の前項の債務引受の合意も効力を失う

(4)抗告人両名が前項の期限内に金二〇〇万円を返還して売買予約の解除権を行使しなかったときは、抗告人両名は右解除権を失い、相手方は本件不動産の売買予約完結権を行使することができる。

(5)相手方が右予約完結権を行使したときは、抗告人両名は、本件不動産につき、所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続をなすとともに、本件不動産を直ちに明渡すこと

等を骨子とする即決和解をなし、この旨の和解調書を作成した。

4.抗告人らは、右和解調書に定められた期限内に、相手方に対し金二〇〇万円の支払による本件不動産の売買予約の解除権の行使をしなかったため、相手方は、昭和五一年一月一四日、抗告人らの同意を得て八千代信用金庫に対する抗告人らの前記抵当債務の残存額の全額である金九〇五万八、〇四七円を代位弁済し、同日同金庫から右抵当権の譲渡を受け、さらに、同年二月六日抗告人らに対し本件不動産の売買予約完結の意思表示をなした。

5.相手方は、右予約完結権行使の結果本件不動産の所有権を取得したとして、昭和五一年三月八日および同月一六日前記渋谷簡易裁判所の和解調書正本に基き、抗告人らに対し本件不動産明渡しの強制執行に着手したがいずれも執行不能となり、さらに同年四月七日にも再度建物明渡しの執行をなしたほか、本件不動産のうち建物を占有する第三者等に対しても占有移転禁止等の仮処分の執行をし、或いは明渡請求訴訟を提起した。

6.相手方は、他方、前記八千代信用金庫から譲受けた抵当権に基き、東京地方裁判所に本件不動産の任意競売を申立て、昭和五二年六月二五日競売手続開始決定がなされ、抗告人らはこれに対し異議を申立てたが、原審において右申立は却下された。

7.相手方は、昭和五一年七月一九日建物占有者らに対する前記仮処分執行を解放するとともに、昭和五二年九月九日抗告人らに対する前記強制執行の申立を取下げ、また建物明渡請求訴訟については、これを賃借権不存在確認請求の訴に変更した。

以上の各事実が認められる。

二、右事実によれば、前記即決和解に定める売買予約は、相手方が抗告人らに貸付けた金二〇〇万円の貸金債権につき本件不動産を担保に供し、抗告人らが所定の期日までに右債権額に相当する売買代金を提供せず予約解除権を失ったときは、相手方は予約完結権の行使により右売買代金額をもって本件不動産の所有権を取得し、これによって右債権の満足を図ることを目的とするものであると認められるとともに、各抵当債務の重畳的引受はこれと一体不可分の関係にあり、売買予約が解除されたときにはその効力を失うが、相手方が予約完結権を行使し本件不動産の所有権を取得した場合にはその効力を失うことはなく、目的不動産の価額と代金額との差額調整のため右引受債務額がその清算の用に供せられる関係にあるものと認められ、この場合には、右引受債務の弁済による求償債権等は右の清算関係に組入れられ、その限度においてその行使が許されるに過ぎないものと認めるのを相当とする。

ところで、相手方が昭和五一年二月六日に右売買予約完結の意思表示をし、本件不動産の所有権を取得したうえ、抗告人らに対しその明渡の強制執行に着手したことは上記認定のとおりであるから、本件不動産は既に相手方の所有に帰属するに至ったものであり、これとともに、前記引受債務は清算され、その弁済により相手方が取得する債権も、抗告人らに対する関係においては、代金債権との清算の用に供するため必要の存する限度で残存し、その行使が許されるに止まるものといわなければならない。

してみれば、相手方が、一方において前示売買予約完結権の行使をしその実行に着手しながら、他方において代位弁済によって取得すべき抵当権の実行として競売の申立をすることは許されないものというほかはなく、相手方が抗告人らに対する前記不動産明渡強制執行の申立を取下げたとしてもこの理に消長を招くことはないものといわなければならない。

してみれば、相手方の本件競売申立は不適法というほかはなく、これに基づいてなした競売手続開始決定もまた違法であるから、これを取消したうえ相手方の競売申立を却下すべきであり、これと異る原決定は不当であって、抗告人らの本件抗告は理由がある。

よって、抗告費用ならびに異議申立費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 江尻美雄一 裁判官 滝田薫 桜井敏雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例